【受賞の言葉】
2016年の12月、TBS編成の磯山さんから、「Nのためにチームとドラマを作らない?」というメールをもらいました。『Nのために』は第1話から美しい映像描写に心惹かれたドラマで、「えええNためチーム!?なんて盛り上がる響き!」とアホ丸出しの返事をしたのが始まりでした。
企画は「女主人公の法医学ドラマ」というだけで、あとは好きに作っていいとのこと。
しかし法医学ドラマといえば、20年前の金字塔『きらきらひかる』をはじめ、数多作られている。「今更やることある?」と思ったのが正直なところでしたが、塚原あゆ子ディレクターと新井順子プロデューサーと仕事ができるのなら、と引き受けてしまいました。磯山さんにはまんまと釣られたし、釣られてよかったです。
いざ取材を始め、あらゆる文献やレポートを読み漁って得たものは、「法医学は未来のための仕事なのでは?」という発見と、「死」そのものの不条理さです。
死んでいい人間などいないし、殺されていい人間もいない。それでも死んでしまうことはあるし、殺されてしまうことがある。生死をめぐるドラマをつくるということは、生や死に対する、視座を問われるということで、腹を括らねばならない局面が度々ありました。
その都度、新井さんや塚原さん、植田博樹プロデューサーや、編成の橋本さん、中井さんに背中を押していただきました。私の執拗な質問に答えてくださった法医学ほか監修の先生方、調べ物を手伝ってくれた助監督さんもありがとう。そして、三澄ミコトを生きてくれた石原さとみさん、クソが!の中堂系な井浦新さん、迷える久部六郎な窪田正孝さん、チャーミングな東海林夕子の市川実日子さん、慈愛に満ちた三澄夏代な薬師丸ひろ子さん、いつも頼れる神倉保夫の松重豊さんをはじめとする全キャストの皆様、関わった全スタッフの皆々様に、心からの敬意と感謝を。慢心せず今後も地道に頑張ります。
3月29日(金)午前11時より、東京渋谷・NHK放送センター14階の「記者クラブ」で、
財団常務理事・渡辺紘史より第6回の受賞者発表があり、続いて受賞者・野木 亜紀子さんの記者会見が行われました。

選考委員 <選評・プロフィール>
■ 倉内 均(くらうち ひとし) 株式会社アマゾンラテルナ 代表取締役社長
野木亜紀子氏の「アンナチュラル」。
これまで多くの話題作をものしてきた氏の初めてのオリジナルである本作にあっても、多彩な人物を描き分ける筆力と無駄のない展開力に、あらためて圧倒された。同時に、この作品を職場ドラマたらしめる氏の仕事観も窺えた。
氏が本作で試みたいくつかの仕掛けは、今のドラマの中で冒険的だ。
第一に、視聴者が求める等身大の「“あるある”共感」を捨て去り、主人公・ミコトの「正義感」に取って代えて、それこそが職業における行動原理——モチベーションとモラル——なのだとしている。その企みは主人公や先輩(中堂)に過去の不幸な影を与えることで一層強化されている。
次に、真相究明のカギとなる遺体の異変に起こる化学的反応といった専門領域への“わかりやすい”説明をあえて排したアプローチ。
そして何より、毎回かれらが直面する難題を、安易なところで解決しない妥協のなさ。わたしはそこに脚本家の勇気と意地を見た思いだ。
「働き方改革」が進むなか、そこに見落とされがちな仕事におけるモチベーションの存在、職業倫理のあり方を問う本作は、決して冒険などではなく、優れて現代的な課題への真摯な挑戦と思った。
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<略歴>1949年生まれ。1971年4月(株)テレビマンユニオン入社。1988年4月(株)アマゾン設立代表取締役。2010年4月(株)アマゾンラテルナ設立代表取締役社長。現・取締役会長。2012年4月全日本テレビ番組製作社連盟(ATP)理事長就任。主な監督・演出作品に、『日本のいちばん長い夏』(2010)、『佐賀のがばいばあちゃん』(2006)、『母とママと、私』(2007)、「ドラマスペシャル『炎の料理人 北大路魯山人』」(1987)『四谷怪談〜恐怖という名の報酬〜』(2003)ほか。
■ 次屋 尚(つぎや ひさし) 日本テレビ放送網株式会社 プロデューサー
嶋田さん、香坂さん、加藤さん、今回は相手が悪かったですね。
野木さんと言えば既にヒットメーカーとして名が通ってらっしゃるわけで、みなさんの意欲的オリジナル脚本も、その勢いには太刀打ちできなかったというのが現状でした。
前後してしまいましたが、野木さん、この度の受賞、おめでとうございます。
市川森一先生は〈夢〉にこだわり抜いた作家でした。残された数多くのドラマの中に「もどり橋」という作品があります。実際に京都にある橋に伝わる伝説をモチーフにして作られたドラマなのですが、市川イズムがぷんぷんしていて、幻想的、抒情的でありながら人間真理のリアリティーが突き刺さっている市川先生ならではの作品でした。
あ、すみません何が言いたいかというと、市川先生が「もどり橋」を書いたのは数々の脚本賞や芸術賞を受賞したよりも後、47歳のときでした。脚本家としての野木さんの地位はもう固まったと思います。これからも野木さんらしさにこだわり抜いて、野木さんにしか書けない野木ワールドドラマを連発して欲しいということです。
居丈高な物言い、失礼いたしましたm(._.)m
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<略歴>1965年生まれ、愛媛県出身。早稲田大学演劇専修卒業後、制作会社を経て、
2005年日本テレビ放送網㈱入社。主なプロデュース作品:連続ドラマ「アイシテル~海容~」(2010)、「Mother」(2011)、「デカワンコ」(2011)、「Woman」(2013) 、「先に生れただけの僕」(2017)、「anone」(2018)など。伴一彦脚本作品、坂元裕二脚本作品を多く手掛ける。
■ 森安 彩(もりやす あや) 株式会社共同テレビジョン プロデューサー
今回も意欲作ばかり。どの作品も他とは違うテーマ、視点、表現、そして魅力を持っており、読んでいてわくわくした。その反面、あまりに多種多様で、どのように考えるべきか正直悩んだ。市川森一脚本賞の在り方も含め、選考委員全員で話し合い、『一番面白いと感じた作品を選ぶ』ことにし、大賞は野木さんの「アンナチュラル」に決定した。
この作品は迫力と力強さ、そして「どうだ!」という作り手側の自信に溢れていて、テレビでリアルタイムで拝見していた時は、ある種の『圧』を感じていた。
だが、今回シナリオを読み、少し印象が変わった。
脚本を開いてみると、まず紙面上の白い部分が多い。正直、ものすごく、細かな設定や舞台の描写が書き込まれているものを想像していたため、まずビジュアルで驚いた。ト書きは法医学部分含め、シンプルで無駄がない。セリフも短く、ポンポンと会話が進む。軽やかな気持ちで読み進めていく。物語がどんどん進むと、ある時ふと気づく。いつの間にか脚本の世界にぐっと引き込まれていて、がっつり集中して読んでいる。
しかも、もう終わりかと思いきや、さらにもう一回転ひねりが用意されていて、読み終わるとなかなかの重厚感。最近多くの事件ドラマでは「ツカミ」のために冒頭にとにかく刺激的でインパクトの強いシーンをどかんとかますものが多いが、それらとは真逆の手法で、あくまでも主人公たちの目線で日常から物語を進めていくこの作品は、個人的にとても好きな作風だ。
法医学者を普通の人間として描いている点も魅力。法医学者だって普通に傷ついたり、絶望したり、時に迷ったり、間違えたり、道を踏み外したりする。キャラクターたちについ思いを寄せ、シンクロし、いつの間にか一緒に喜怒哀楽を共有している、そんな作品だと感じた。「そうか、この作品はダイナミックなだけでなく、繊細な作品でもあったんだ」と改めて気づいた。
野木さんのちょっと客観的でエモーショナルになりすぎない視点も、とても効果的に働く女性たちの心の機微を表現していたと思う。この作品が野木さんの初のオリジナルと聞き、驚いた。これから野木さんの新たなオリジナルドラマを見るのがとても、とても楽しみである。
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<略歴>1999年株式会社共同テレビジョン系列会社、㈱ベイシス入社。以来共同テレビジョンドラマ部にてドラマを制作。代表作品は<連続ドラマ>ANB「エースをねらえ!」、CX「花ざかりの君たちへ~イケメン♂パラダイス」「赤い糸」「絶対零度~未解決事件特命捜査」「カラマーゾフの兄弟」「家族の裏事情」「SMOKIG GUN~決定的証拠~」「心がポキッとね」「ふなっしー探偵」「櫻子さんの足下には死体が埋まっている」、TBS「もう一度君に、プロポーズ」、NHK「受検のシンデレラ」「捜査会議はリビングで!」、<SPドラマ>CX「WATER DOYS 2005夏」「美ら海からの年賀状」「山峡の章」「積木くずし」。
■ 岡部 紳二(おかべ しんじ) 株式会社テレビ東京 編集局次長兼ドラマ部長
野木亜紀子氏
「アンナチュラル」…不審死の「死因」を探るプロセスは一級品のミステリー。
個々のセリフが持つニュアンスの今日性が秀逸。
様々なキャラクターが交錯するスピード溢れる群像劇としても素晴らしい。
加藤拓也氏
「平成物語」…もしかしたら「何もなかった」かもしれない「平成」という時代の空気感を主人公の生き様を通してリアルに表現した。
この時代に「何にもなれなかった」若者たちの挫折感、閉塞感を苦味だけでなく、
切なく爽やかに描いたことで後味も心地よい。
香坂隆史氏
「限界団地」…単純なサスペンスではなく、生理的な息苦しさを覚えるような緻密な心理劇。登場人物たちの壊れ方が刺激的、魅力的だが、若干繰り返しの要素が多く、終盤多少オカルト的になってしまった感がある。
嶋田うれ葉氏
「ダイアリー」…「リビング・ウィル」「尊厳死」等に触れた非常に今日的なテーマを持つ作品。ただ、母と娘の再生を柱に描かれる作品の世界観そのものは、極めてオーソドックスで、もう少し新しさとチャレンジが欲しかった。
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<略歴>1988年東京都立大学経済学部卒後、㈱テレビ東京入社。人事部、ニュース報道部、編成部、バラエティー制作等を経て、01年よりドラマ制作部にてプロデューサーに。05年10月期より、深夜枠『ドラマ24』を立ち上げる。主な担当作品:「北朝鮮拉致・めぐみ、お母さんがきっと助けてあげる」(03)「嬢王」(05)「上を向いて歩こう~坂本九物語~」(05)「モテキ」(10)「三匹のおっさん」(14)「永遠の0」(15)「釣りバカ日誌~新入社員浜崎伝助」(15)「信長燃ゆ」(16)「警視庁ゼロ係」(16)
■高成 麻畝子(たかなり まほこ) TBSテレビ 事業局事業部 プロデューサー
「限界団地」
佐野史郎さんの快演を想像し、時にゾッとしたり、時にクスリと笑ったりしながら、この物語が何を訴えようとしているのか、どんな結末・結論に私たちを連れて行こうとしているのか、ワクワクドキドキで、出だしは読ませてもらった。
ところが3話くらいから突然トーンダウン。似た描写のループが増え、ネタ切れ息切れのまさしく「限界」状態になり、特にオカルト展開は頂けなかった。
出だしが期待させた出来だっただけに残念である。才能はおありだと思いますので、次回作に期待します。
「平成物語」
とにかくフワッとしていた。主演の岡山くんも、物語の構成も、セリフも。そうした全体のトーンで平成という時代をくくろうという試みは面白い。いかんせん軸となるふたりのラブストーリーが、ドラマとして弱かった。
物語としての起伏とカタルシスがなく、世の中の出来事の羅列に終始しデキゴトロジーのような印象になる。
生きたセリフが書ける人だと思うので、今後の活躍に期待します。
「ダイアリー」
リビング・ウィルと三代に渡る母と娘の葛藤を、掛け合わせた発想と着眼点が面白い。それなのになぜか既視感があり、オリジナリティが感じられないものになっていた。父親探しにまつわるドラマと、母親の秘密を知った後の主人公の心情の変化など、ドラマとして一番美味しい部分を掘り下げなかったのが大きな原因だろう。
せっかくの発想を、普遍的なドラマに昇華させられるよう、主人公ととことん向き合う粘りを身につけて頂きたいです。
「アンナチュラル」
構成力、セリフ力、キャラクターの造形、題材の掘り下げ、テーマの持たせ方。どれを取っても完成度の高い脚本だった。ドラマ本編ではなく、脚本を読んで気付かされたのは、根底に流れる登場人物への尽きせぬ愛情だ。それがイコール、このドラマの魅力だったのだ、ということだ。ヒットする連ドラの必要十分条件だと気付かされた。
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<略歴>お茶の水女子大学芸術教育学修士課程卒。1998年TBSテレビ入社。バラエティ制作を経て翌年ドラマ部に配属。00年「きみはペット」でディレクターデビュー。「末っ子長男姉三人」「スキャンダル」「パパとムスメの七日間」「ヤンキー君とめがねちゃん」「レジデント~5人の研修医」などを演出。08年からプロデューサーも兼務。「Around40~注文の多い女たち」で初プロデュース後、「スマイル」「恋愛ニート~忘れた恋のはじめ方」「アリスの棘」「表参道高校合唱部」など。「あなたには帰る家がある」(2018)
■ 菅野 高至(すがの たかゆき) 市川森一脚本賞財団 選考委員長
2年連続で候補者となった、「ダイアリー」の嶋田うれ葉さん。祖母・母・娘、三代に渡る親子の葛藤を、回想を超える現在形のドラマで、どう描くかがポイントでした。それは、意識の戻らぬ母の真意は、過去形でしか語られないからです。
『交換日記』と『リビング・ウイル……尊厳死』、二つの仕掛けに安住せず、人々の人生をもっと突き詰めて、描いて欲しかったと思うのです。
「限界団地」の香坂隆史さん。ピカレスクロマンへの挑戦的作品だが、結果は残念ながら、オカルト風になって、後味の悪い仕上がりとなってしまいました。全8回の物語としては、佐野史郎さんの怪演だけでは、駒不足であったようです。
「平成物語」の加藤拓也さん。25才の脚本家が描いた世界を20才のディレクター・松本花奈が演出して、初々しい作品となりました。ドラマ的構造は確かに弱いのですが、平成と言う時代に生きて、何にもなれなかった若者の<やるせなさ>がよく伝わってくる作品でした。2019年、彼には大いなる飛躍が期待されます。
「アンナチュラル」の野木亜紀子さん。全10回の一本一本が完成度の高い、一級品の見事な脚本でした。法医学者二人に背負わせた過去が、重く切ないだけに、『法医学は未来のための学問』という言葉が、回を追うごとに、深く響きました。生きている人間の未来のために、法医学はある。<死>を中心に据えながらも、透明感のある素敵な作品となったのは、作者の人間への眼差しが、あくまで優しいからだと思うのです。 野木さん、受賞、おめでとううございます。
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<略歴>1970年NHK入社。「ドラマ人間模様」、朝ドラ等の演出を経て、88年よりプロデューサー。「純ちゃんの応援歌」(88年)、「むしの居どころ」(92年、芸術作品賞・受賞)、「私が愛したウルトラセブン」(93年)、「清左衛門残日録」(93年、芸術作品賞・受賞)、「トトの世界」(01年)、「蝉しぐれ」(03年)など。08年芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。11年5月に退職し、フリーになる。
■野木 亜紀子
TBSテレビ「アンナチョラル」(55分×全10回、1/12~)
■加藤 拓也
フジテレビ「平成物語」(60分×全2回、3/23~)
■香坂 隆史
東海テレビ「限界団地」(55分×全8回、6/2~)
■嶋田 うれ葉
NHKG「ダイアリー」(48分×全4回、10/2~)