【受賞の言葉】
「これはシライじゃない」「シライが足りてない」「シライの片鱗はある」。プロデューサーの福井くんとの台本の打ち合わせで最も使った言葉が役名とは無関係の“シライ”という
名前だった。“シライ”とは体操の白井健三選手のことで、若くして自分の名前を冠した数々のオリジナル技を生みだし続ける偉大な選手だ。つまり、我々はラブストーリーの台本の中にまだ誰も使ったことのない技=シライを求めて闘い続けた。そんなこと誰も望んでなんかいないのに。
特に思い出深いのは、五話で主人公が力士の断髪式に出席する回。力士の断髪式と披露宴のケーキ入刀のシルエットが似ていることに着想を得て「この二つを融合させたら“シライ”になる!」と息巻いたまではいいが、着地させるのが至難の連続だった。それでも諦めずに書き続け、出来上がった台本のあまりの馬鹿馬鹿しさに「自分は一体なにを書いているんだろう……」と自らの正気を疑うアホの境地に初めて到達することが出来た。これは未知の経験だった。
選考委員のみなさま、監督をはじめとするスタッフのみなさま、出演して下さった演者のみなさま、日頃から遠慮のない叱咤激励をくれる友人のみなさま、そして白井健三選手、本当にありがとうございました。
<略歴>
1975年生まれ。04年「初仕事納め」で第16回フジテレビヤングシナリオ大賞しデビュー。
『もみ消して冬 ~わが家の問題なかったことに~』(2018)、『世界一難しい恋』(2016)、
『きょうは会社休みます。』(2014)、以上NTV。
『ヴォイス ~命なき者の声~』(2009)、『プロポーズ大作戦』(2007)、以上CX。
第6回「市川森一脚本賞」選考経過
■候補者4名の選出
2017年1月1日~12月31日に放送された映像ドラマから、市川・小林・高橋・辻・渡辺の理事5人と選考担当の菅野とで、4名の候補者と対象作品(別掲)を選ぶ。
「市川森一脚本賞」の<選考基準>は例年通り、<プロデビュー10年程度で、オリジナル作品を執筆し、受賞を機に将来さらに大きく伸びると期待される人で、「市川森一」の名にふさわしく、
<物語性>や<夢・異空間>、さらに、<挑戦>しているか否かを考慮する。
■選考委員
倉内 均(くらうち ひとし) 株式会社アマゾンラテルナ 取締役会長
次屋 尚(つぎや ひさし) 日本テレビ放送網株式会社 制作局プロデューサー
森安 彩(もりやす あや) 株式会社共同テレビジョン 第1制作部プロデューサー
岡部 紳二(おかべ しんじ) 株式会社テレビ東京 編成局次長兼ドラマ制作部長
高成 麻畝子(たかなり まほこ) 株式会社TBSテレビ 制作局ドラマ制作部プロデューサー
菅野 高至(すがの たかゆき) 選考委員長 フリープロデューサー 元NHK
■選考経過
3月9日(金)夜、財団事務局隣の会議室にて選考委員会が開かれる。なお、次屋氏は業務のため書面による参加となる。
オリジナルドラマが少ない中、例年、選考の基準を何処に置くかで悩むが、本年は、候補作の本数は少ないものの候補作4編が、それぞれに特色があり、議論のしやすい選考となりました。
一作ずつ慎重に議論を重ねた結果、ウエルメイドのラブコメディーを全10話、お一人で書ききった金子茂樹さんの力量、会話力は秀逸だと考えて、金子さんを受賞者として、理事会に推薦することに決まる。
■理事会の承認
3月15日(木)午後14時より開かれた第17回理事会において、選考委員長より選考経過と受賞者が報告され、出席の理事が協議の上、金子 茂樹さんの受賞が承認される。
■選考理由
豊かなチャレンジ性と物語性に溢れた、金子 茂樹さんの脚本には、巧みな構成力と多彩な表現力があり、将来、次代を背負って立つ脚本家になるものと、高く評価されました。
(選考委員長 菅野高至)
3月28日(水)午後1時より、東京渋谷・NHK放送センター14階の「記者クラブ」で、
財団常務理事・渡辺紘史より第6回の受賞者発表があり、続いて受賞者・金子茂樹さんの記者会見が行われました。

(左:金子茂樹氏 右:理事・市川美保子)
選考委員 <選評・プロフィール>
■ 倉内 均(くらうち ひとし) 株式会社アマゾンラテルナ 代表取締役社長
金子茂樹氏の「ボク、運命の人です。」
この脚本に登場する人物たちの、とことんノーテンキ加減は、私を明るい気分にさせる。ちょうどハリウッド製スーパーヒーロー映画のように、日常世界の出来事がもたらす普通の現実感から、遠くかけ離れた、夢世界の住人のようだ。
本賞第2回の候補となった「SUMMERNUDE」同様、彼のドラマの若い男女には屈託がなく、複雑でリアルな現実から自由な人物像が描かれる。
今作、主人公は30年後の地球滅亡の危機を救うために、運命の相手に恋する人間として設定されている。だから、浮世のあれこれに一喜一憂もせず、閉塞に喘ぐこともない。あるのは会社のオフィスでも家庭でも“恋バナ”ばかりだ。
この明るさをまとった衣の下には何がある、と考えたとき、「地球滅亡」というカタストロフィの大枠が、設定されていることに先ずは注目。ポップな旋律にのせて悲しみを歌う歌のように、底には作家のペシミスティックな現実認識があるのを感じた。
われわれは確実に破局に向かっているのだという認識。希望ではなく絶望。
ドラマ脚本家の現実認識とは何か。今わたしたちが、多かれ少なかれ捕らわれている終末感を、漂わせているテレビへの、シビアなダメ出しといったものかもしれない。
夢(ファンタジー)の鎧の下にはさらに堅固で冷徹な視線があって、それゆえに明るいドラマは成立する、とわたしは考える。
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<略歴>1949年生まれ。1971年4月(株)テレビマンユニオン入社。1988年4月(株)アマゾン設立代表取締役。2010年4月(株)アマゾンラテルナ設立代表取締役社長。現・取締役会長。2012年4月全日本テレビ番組製作社連盟(ATP)理事長就任。主な監督・演出作品に、『日本のいちばん長い夏』(2010)、『佐賀のがばいばあちゃん』(2006)、『母とママと、私』(2007)、「ドラマスペシャル『炎の料理人 北大路魯山人』」(1987)『四谷怪談〜恐怖という名の報酬〜』(2003)ほか。
■ 次屋 尚(つぎや ひさし) 日本テレビ放送網株式会社 プロデューサー
金子茂樹さんは、このところのご活躍ぶり、そしてその作品内容から察するに、とても理知的で、抜け目のない方なのではないかと推測します。この先、テレビドラマはどこに向かっていくのか、どこに向かっていけばよいのか、多くのテレビマンが試行錯誤していると思います。金子さんには是非、一緒に悩んでテレビドラマの将来を憂慮しながら、楽しんでこんがらかして頂きたいのです。
あらためまして、この度の受賞おめでとうございます。この賞は、ある意味、あなたに今後のドラマ界を背負って頂く、枷をかけるための賞でもあるのです(笑)。ご一緒させていただける日を楽しみにしています。
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<略歴>1965年生まれ、愛媛県出身。早稲田大学演劇専修卒業後、制作会社を経て、2005年日本テレビ放送網㈱入社。主なプロデュース作品:連続ドラマ「アイシテル~海容~」(2010)、「Mother」(2011)、「デカワンコ」(2011)、「東京全力少女」(2012)、「Woman」(2013) 、「Dr.倫太郎」(2015年)など。近年は伴一彦脚本作品、坂元裕二脚本作品の多くを手掛ける。「先に生れただけの僕」(2017年)「anone」(2018年)
■ 森安 彩(もりやす あや) 株式会社共同テレビジョン プロデューサー
今回の選考では、単純に【素敵だな】と思う瞬間が最も多い作品に手を挙げたいと思っていました。
昨今のドラマは、セオリーよりも、『ふとした瞬間に宿る共感』で、視聴者の心をつかむことが多く、ある意味、それが今、視聴者が求めている要素のように思えるからです。
「ボク、運命の人です。」は、あえて人物の背景を深堀りしていませんが、さらっと語られるせりふに不思議と共感させられ、親近感が湧いてしまいます。まるで、自分の近くにいる誰かの話を一番近くで聞いているかのような、そんな気持ちにさせられます。
そのためか、架空の人物とは思えないぐらいに、キャラクターに愛情が湧いてしまう、そんな作品でした。
ファンタジーである点も、この作品を応援したくなる要素でした。
日本にはもっとファンタジーがあっていいと思います。今後ファンタジーがもっと受け入れられ、テレビドラマのジャンルやテーマの幅が広がることを期待しています。金子さんの素敵なファンタジードラマを、これからも拝見できることを心より楽しみにしております。
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<略歴>1999年株式会社共同テレビジョン系列会社、㈱ベイシス入社。以来共同テレビジョンドラマ部にてドラマを制作。APを経て、2003年プロデューサーデビュー。代表作品は<連続ドラマ>ANB「エースをねらえ!」、CX「花ざかりの君たちへ~イケメン♂パラダイス」「赤い糸」「絶対零度~未解決事件特命捜査」「カラマーゾフの兄弟」「家族の裏事情」「SMOKIG GUN~決定的証拠~」「心がポキッとね」「ふなっしー探偵」、TBS「もう一度君に、プロポーズ」、NHK「受検のシンデレラ」、<SPドラマ>CX「WATER DOYS 2005夏」「美ら海からの年賀状」「山峡の章」「積木くずし」。
■ 岡部 紳二(おかべ しんじ) 株式会社テレビ東京 編集局次長兼ドラマ部長
「バイプレイヤーズ」
超多忙の名脇役たちが共演のために共同生活を送るという、企画そのものがすでに発明品。視聴者のイメージの中にある各俳優の
キャラを上手くパロディーとして消化した。フェイクドキュメンタリーの世界に、笑いの要素だけでなく、中年男たちの哀愁を、同居させた意欲作。
「全力失踪」
不幸な運命から逃げる男を安定感のある筆力で描いた。しかし残念ながら「蒸発願望もの」として既視感のある作品。ラストに今度は、妻が家出する展開も予定調和を感じてしまい、新鮮味が薄い。
「アイ私と彼女と人工知能」
人間とAIの間の愛情や秘密めいた三角関係…。非常に新鮮で
挑戦的な作品だが、メイン二人の女性のキャラクター描写が希薄で、いまひとつ感情移入できなかった。
「ボク、運命の人です」
アメリカの良質なラブコメディーを彷彿させる、ちょっと懐かしい
雰囲気の秀作。「運命の人はいるのか」という、恋愛における普遍的なテーマを、笑いに爽やかな切なさを交えて、ポップに描き出した。飽きさせない展開の妙。そして随所に説得力のある魅力的なセリフがある。
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<略歴>1988年東京都立大学経済学部卒後、㈱テレビ東京入社。人事部、ニュース報道部、編成部、バラエティー制作等を経て、01年よりドラマ制作部にてプロデューサーに。05年10月期より、深夜枠『ドラマ24』を立ち上げる。主な担当作品:「北朝鮮拉致・めぐみ、お母さんがきっと助けてあげる」(03)「嬢王」(05)「上を向いて歩こう~坂本九物語~」(05)「モテキ」(10)「三匹のおっさん」(14)「永遠の0」(15)「釣りバカ日誌~新入社員浜崎伝助」(15)「信長燃ゆ」(16)「警視庁ゼロ係」(16)
■高成 麻畝子(たかなり まほこ)
「全力失踪」と「ボク、運命の人です。」の一騎打ちだった。
「全力失踪」は荒削りではあったが、主人公のキャラクターが大変新鮮で、
魅力的だった。社会のレールから外れてしまった寅さん的存在の主人公が、
さまざまなアウトローに会って、影響を与えたり与えられたりして、成長して
いく。先の展開も予測できない面白さがあった。
終盤までその勢いが続いてくれれば良かったが、共作の限界か、途中で作風が変わってしまったような印象は否めなかった。
また、これで良いの? というラストで、消化不良な印象が残った。
「ボク、運命の人です。」は大好きな「野ブタをプロデュース」の座組みという
ことで、放送時から注目していた。このキャスティングでなければ、ハマら
なかっただろう、特異なキャラクターがとても魅力的だった。
なかなか進まない恋模様に、自称神様がゆるく噛んでいく。これで全話持つのか、不安になる程淡々としていた。当て書きが非常に得意な方なのだろう。逆に言うと、演出と役者の力を最大限に引き出す脚本家とも言える。
ただ全話持っていたかというと、正直微妙だと思った。
カラーが出来上がりつつある脚本家さんだが、今後は、大きなうねりがあるようなドラマなど、ぜひ違う可能性も見せてほしい。
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<略歴>お茶の水女子大学芸術教育学修士課程卒。1998年TBSテレビ入社。バラエティ制作を経て翌年ドラマ部に配属。00年「きみはペット」でディレクターデビュー。「末っ子長男姉三人」「スキャンダル」「パパとムスメの七日間」「ヤンキー君とめがねちゃん」「レジデント~5人の研修医」などを演出。08年からプロデューサーも兼務。「Around40~注文の多い女たち」で初プロデュース後、「スマイル」「恋愛ニート~忘れた恋のはじめ方」「アリスの棘」「表参道高校合唱部」など。(2018)「あなたには帰る家がある」
■ 菅野 高至(すがの たかゆき) 市川森一脚本賞財団 選考委員長
第6回の候補者は4名、狙いの際立つ候補作が揃いました。
一番若い倉光泰子さんのテーマは、人間と人工知能は愛が語れるか? ルームシェアの女性ふたりと男性役割のAIとの間に、ある友情が生まれるまでを描いたものです。ふたりの人間をもっと深く見つめると、いっそう面白くなったのにと残念です。
ふじきみつ彦さんの「バイプレイヤーズ」の脚本は、演者と演出を信頼しきって、言わば彼らに託したものです。視聴者の持つ演者たちのイメージを裏切らずに書く、これも才能の一つですが、番組の魅力はやはりプロデューサーの企画力の成せる業だと思います。
嶋田うれ葉さんの「全力失踪」。浮世から消えたい! 生き直したい! 蒸発願望をどう料理するのかを期待したが、タイトルの面白さを超えられぬまま終りました。受賞を逃したのは、失踪する主人公の成長が描かれていなかったからです。
嶋田さんは書ける人です、今後を大いに期待します。
「ボク、運命の人です。」は、ウエルメイドのシチュエーション・コメディーです。なにより感心したのは、展開の引出が豊かで、手数が多いことです。テンポの良い台詞に、捻りが利いた台詞が随所に加わり、全10回を決して飽きさせることが無い作品でした。
金子茂樹さん、受賞お目出度うございます。オリジナルの連ドラが恵まれぬ時代に、あなたは本当に貴重な作家です。
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<略歴>70年NHKに入社。「ドラマ人間模様」、朝ドラ等の演出を経て、88年よりプロデューサー。「純ちゃんの応援歌」(88年)、「むしの居どころ」(92年、芸術作品賞受賞)、「私が愛したウルトラセブン」(93年)、「清左衛門残日録」(93年、芸術作品賞受賞)、「トトの世界」(01年)、「蝉しぐれ」(03年)など。08年芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。11年5月に退職し、フリーになる。
■ふじきみつ彦
テレビ東京「バイプレイヤーズ ~もしも名脇役がシェアハウスで暮らしたら~」
(40分×全12回、1/13~) ※①③⑥⑦⑨⑪⑫を執筆。
■金子茂樹
日本テレビ「ボク、運命の人です。」
(54分×全10回、4/13~)
■嶋田うれ葉
NHKBS「全力失踪」
(49分×全8回、9/3~) ※①~④⑦⑧を執筆。
■倉光泰子
フジテレビ「アイ 私と彼女と人工知能」
(60分×全2回、10/2~)